エイジング・イン・プレイス(地域居住)と高齢者住宅

 改正高齢者住まい法が施行され、10月20日からサービス高齢者向け住宅の登録が始められようとしている。高専賃や高円賃の登録制度も整理され、日本の高齢者住宅を巡る状況が大きく変わろうとしている。

 本書は、エイジング・イン・プレイス(地域居住)と高齢者住宅をテーマに、欧米や日本の最新の高齢者介護の状況がわかりやすくかつていねいにまとめられており、高齢者の住まいの問題について関心を抱く者にとって、まさに教科書的な一冊である。

 私も日頃から、高齢者は高齢者向け向け住宅へ転居すべきとでも言わんばかりの政策に違和感を感じてきたが、本書を読んで理解した部分と同時に問題点の在りかがおぼろげながら見えてきたような気がしている。

 さて、エイジング・イン・プレイス(地域居住)であるが、考え方は「住み慣れた地域でその人らしく最期まで」というスローガンと同様のものである。本書では、第1章「エイジング・イン・プレイス(地域居住)とは」で、それ以前の経緯から始まって、その基本的な定義や構成概念等について説明する。そして第2章で、エイジング・イン・プレイスを形造る重要な背景である「住まいとケアの分離」理論について、欧米の研究者の理論をベースに解説をしている。

 「住まい」に関わらず「24時間在宅ケア」が実践されること。これがエイジング・イン・プレイスの重要な事項である。さらに分離された住まいとケアは最終的に、生涯住宅とサービス・ゾーンという形で地域において統合され、究極のエイジング・イン・プレイスが達成される。

 第3章では、アメリカ・イギリス・オランダの取り組み。第4章ではデンマークにおける地域居住と高齢者住宅が紹介されている。シェルタード・ハウジングで日本の高齢者住宅施策に刺激を与えたイギリスだが、エイジング・イン・プレイスという観点では課題を指摘されている点が興味深い。

 第5章では日本の地域居住に向けた取組と高齢者住宅の動向が整理されている。介護保険制度はまさにエイジング・イン・プレイスに向けた取組の第1歩だが、2012年度からは日本でも「24時間地域巡回型訪問サービス」が始められようとしている。一方、来月にもサービス付き高齢者住宅登録制度が始まるのは先述のとおりである。地域優良賃貸住宅(高齢者型)も来年度以降、大きく変化することだろう。

 本書は「日本とデンマークの実証的比較研究」という副題が付けられている。筆者の博士論文を元にまとめられたのが、第6章「日本とデンマークにおける高齢者住宅住人調査」だと思われる。統計的手法を使い、アンケート調査を綿密に分析し、終章「未来へ向けての考察と提言」につないでいる。

 本書の中で、高齢者住宅に関わりもう一つ重要なキーワードとして挙げられているのが「早めの住み替え」という言葉である。文字どおり、高齢者住宅へ介護が必要になってからではなく、元気なうちに「早めに住み替え」ということだが、一方で、欧州では地域居住の対象とする住まいとして「自宅」が当然のように含まれている。

 今春に決定された住生活基本計画(全国計画)では、高齢者人口に対する高齢者住宅数を3~5%とすることを目標としていたが、これはどうやら欧米の高齢者住宅整備率5%が参考になっているようだ。

 しかし逆に言えば、高齢者住宅整備率5%に理論的な理由はないのではないか。欧州では施設介護の時代があり、そこから地域居住へ移っていったため、施設入居者の収容先として高齢者住宅が整備されたのであって、施設すら十分に整備されてこなかった日本で、高齢者住宅整備率を設定することにどういう意味があるのか、本書でも十分に説明をしていない。

 もう一つ、「生涯住宅」についても、福祉専門家の妄想という気がしないでもない。もちろん、先に在宅介護支援住宅モデルハウスを見学したように、生涯住宅というコンセプトは当然住宅メーカーも追及しているテーマではあるが、全ての住宅を生涯住宅として作り直すというのは現実的でない。住み手の要求に応じてリフォームを行えばいいし、高齢者住宅と一般住宅の違いと言っても、今どきバリアフリーが標準であってみれば、仕様的に大した違いがあるわけではない。

 「早めの住み替え」よりは、自宅をいかにリフォームするかを考えた方が、地域居住の実現という点で現実的だ。それよりも24時間在宅ケアの実現の方がはるかに重要な課題だと思うのだが、どうなのだろうか。

●高齢者住宅という自立的環境でのサービス提供のあり方は、サービス提供者の態度や高齢者の適応能力が重要であり、住人の能力の範囲内で(できないことまで要求することがない範囲で)、つまりサービスが住人の潜在能力を引き出すような形で(少なすぎず、多すぎず)提供されることがよい結果をもたらすこと(P29)
●世界の動向としては、地域居住を支える住まいに自宅を含めている。そして、実際に欧米諸国では、施設の整備率は65歳以上の高齢者人口に対して5%レベルであり、高齢者住宅についても5%の整備率が目安となっている。つまり、65歳以上の高齢者の90%が自宅に住んでいることになる。(P42)
●エイジング・イン・プレイスにおいては、住まいはアダプタブル住宅、アダプテッド住宅等を経て、生涯住宅へと発展する。ケアは、高齢者、障害者などの対象を区別せず、また介護・看護・医療のみでなく、社会参加や権利擁護、町中での自由で安全な移動を保障されるレベルまで進み、徒歩圏からの提供を可能とするサービス・ゾーンにおいて提供される。/生涯住宅とサービス・ゾーンが地域で再統合され、新しい地域、あるいは生活環境というものをつくり出す。「住まいとケアの分離」の先にあるのは、「誰もが、どこでも、いつまでも暮らせる町(地域&生活環境)」である。(P95)
●「生涯住宅」は、人生のさまざまなステージで変化する住まいへのニーズや、高齢期におけるニーズの変化に柔軟に対応する「一生涯住める住宅」である。/家族の人数変化については間仕切りを移動することで対応する、身体機能の低下については、あらかじめエレベーターを付けられるような構造を最初から用意する工夫がなされている。こうすれが、高齢者住宅や障害者住宅などの特定ターゲット住宅を整備する必要がなくなる。住む対象を選ばず、時とともに変化するニーズに柔軟に対応する住宅、それが「生涯住宅」である。(P143)
●24時間地域密着型訪問サービスはエイジング・イン・プレイス(地域居住)推進の基幹サービスとして重要な意味をもつ。このサービスを住宅に内在化することなく地域のオープンシステムとして展開し、市内どこでも利用できる普遍的なサービスとして広がるよう、事業者ポテンシャルを100%以上に高められるような魅力ある制度設計が待たれる。(P298)