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これからの日本のために「シェア」の話をしよう

 最初、書店でこの本を見かけたとき、「今さらシェアの話なんて」と思った。確かに時代は「シェア」の方向に向かっている。三浦展が「シェア」についてどう考えているのか確認しようと図書館で借りて読んだ。

 大きな驚きはない。まさに時代は「シェア」に向かっている。若者たちは「シェア」することでこれまでにない価値を手に入れようとしている。まだ大半はその方向に動いていない。まだほんの一部の先端的な人たちの行動しか見えないかもしれない。しかし確実に価値観が変化している。

 東京では既に20・30代未婚女性の6%はシェアハウスに住んでいる。これは同棲や姉妹居住も含んでいるが、多くの未婚女性の間でシェア居住はかなりの支持を得ている。そしてシェア居住を望む人たちの多くはそれなりの収入があり、社会意識も高いアクティブな人たちだと言う。それはわからないでもない。

 三浦氏は本書で「シェア」を単なる物の共有に留まらず、時間や人まで視野を広げてみせる。時間軸上の共有としての中古市場、人の共有としてのワークシェアリング、そして福祉も地域の中でシェアすることで成り立つ。

 本書では三浦氏が相手となった3つの対談が掲載されている。中でも社会学者の広井良典氏との対談が興味深い。広井氏から倉阪秀史氏の「サービサイズ」が紹介される。農薬を売るのではなく、害虫駆除サービスを売る。電球を売るのではなく、あかりを売る(電球は貸す)。モノではなくコトを売ることで、シェアが消費から生産へ持ち込まれ、新たな経済を生み出す可能性について語る。これは広井氏の「コミュニティを問いなおす」にも少し書かれていたように思うが、面白い視点だ。

 シェアハウスやカーシェアリングだけではない、新たなシェアの形がいつの間にか当たり前な時代がすぐそこにやってこようとしている。

●シェア型の消費とは、ひとことで言えば、消費者が、消費する対象を「仕分け」し、本当に必要なものはもちろん購入し、私有するが、あまり必要のない物は共有や共同利用で済ます、あるいはレンタルしたり、中古品を買ったりして済ます、そしてそれを積極的に楽しむ、そういう消費行動である。・・・むしろ重要なのは、シェアすることで、新しい価値が創造される場合がある、ということである。(P14)
●現代の若者、いや現代人一般にとってシェアハウスは、家族関係とは違って、ではなく、家族関係と同じように、つかず離れずの関係、「つながりたいが、しばられたくない」関係が保てる、親密さを求めることも、一人になることもできる便利な住み方だとも言えるだろう。(P93)
●シェアハウスに住みたい人たちはとてもアクティブだ。収入の少ない人たちが、仕方なく住んでいるのではない。仕事にも、趣味にも積極的であり、そうだからこそシェアハウスに住むことのメリットがあるのである。そこからは、エコ意識の拡大も含めた新しいライフスタイルを持った消費者が、かなりのボリュームを持って生まれてきている。そしてさらに今後も増えていきそうだと考えたほうが正しい。(P162)
●【三浦】・・・不況しか知らないポストバブル世代は、物を信用しない。それよりも、人のつながりをソーシャルキャピタルとして持っていたいと考える。/【馬場】物を持てば持つほどリスクになるということを、本能的に知ってる気がします。(P176)
●シェアの話はどちらかというと消費者の側からの視点がメインだと思うんですけど、今のサービサイズというのは、生産者が所有権を移転しないでサービスを提供するということなので、生産者と消費者の間のある種のシェア関係みたいなものが生まれます。シェアという中でそういう生産と消費というあり方が変わってくるのではないかと僕は思いました。(P210)