公共住宅の課題と再生

 11月27~29日で都市住宅学会大会(名古屋)が開かれ、最終日の最後のプログラムの一つで、ワークショップ3「公共住宅の課題と再生(理念・事業・制度)」が開催された。コーディネーターを東海学園大学の三宅先生が務め、パネリストは国土技術政策総合研究所の長谷川洋氏、神戸大学大学院の平山洋介氏、和歌山大学の山田良治氏という顔触れである。

 冒頭、三宅先生から企画趣旨の説明された。

 日本の住宅政策は住生活基本法の制定など、量から質へと大きく舵を切ったと言われるが、その方向はまだ十分見えていない。H20年住宅土地統計調査の速報によれば、公営住宅は全国計約201万戸であり、機構・公社住宅と合わせて約5.9%と前回H15年調査の6.8%に比べ、大きく減少している。

 こうした中、公共住宅、中でも公営住宅では、低所得者や高齢者、外国人などが集住し、コミュニティや団地運営などの管理面の問題が見られるようになってきている。これに対して、住宅行政では十分な手を差し伸べられず、「困った人ばかりが集まり、困ったことが起きている」自己矛盾の状態になっている。これは戦後60年の矛盾が集積した結果であり、このボタンの掛け違いを解くのはかなり大変なことである。こうした問題意識から、中部支部では昨年、公共住宅部会を設置し、有志で勉強を進めているが、その一貫として本日のワークショップを企画した。今後につながる議論ができればいいと考える、といった内容。

 トップバッターの長谷川先生からは、「公営住宅施策の課題と全国自治体における取組み」と題して、ワークショップのタイトルに即し、公営住宅「理念・制度」に係る課題、公営住宅「事業」に係る課題と整理して報告が行われた。

 (1)国及び地方公共団体における財政制約の増大、(2)住宅困窮世帯の増加・多様化、(3)高経年ストックの増大、(4)既存入居者の高齢化の進行等を背景に、住宅政策全体の中での公営住宅の位置づけ、所得再分配のあり方が問われている。公営住宅の「福祉住宅」化は必然であるとする立場から、「低所得者対策」と「住宅弱者対策」は切り分けて検討すべきではないかと問題提起をされた。公営住宅は「低所得者対策」を主とすべきという趣旨と聞いた。

 続いて、公営住宅「理念・制度」に係る課題として、「真に公営住宅を必要とする者への的確な供給」という観点から、住宅困窮度をポイント採点し入居者選考をする東京都の事例や、各地で取り組まれている定期借家制度の活用事例などを紹介された。

 また、公営住宅「事業」に係る課題として、長寿命化方策によるストックの長期活用と計画的な更新、コミュニティの高齢化・衰退に対するコミュニティ・ミックスの取組みなどが提案され、具体事例として北海道釧路町型コーポラティブハウジングの報告があった。

 また最後に、地域の政策課題への対応として、全国の各自治体で様々な取組が行われていることの紹介があり、ナショナル・ミニマムとリージョナル・ミニマムとの整理が必要だと問題提起された。

 2番手の平山先生は、近著「住宅政策のどこが問題か」でも注目を集めており、先生を目当てに参加された一般参加者も多かった様子。平山先生からは「住宅セーフティネットの政策論」と題して報告があった。

 1990年代半ば以降のネオリベラルな政策転換により、市場重視の政策が展開された結果、セーフティネット機能が圧縮され、かえってセーフティネットが必要とされる状況になってしまったと、最近の状況を総括した後、日本型住宅保障の枠組として、政府セクターに加え、家族や企業が担ってきた役割が大きかったと指摘する。親の持家というシェルター、生前贈与、持家相続。また企業による家賃補助や寮・社宅など。

 公営住宅のシェアが5%程度でやってこれたのは、家族や企業が補完してきたからだが、家族の不安定化や企業の福利厚生の縮減により、今後政府セクターへの期待がより高まると予測される。従来、セーフティネット機能を市場と政府との二項対立で考えることが一般的だったが、今後は市場の外も見ていくことが必要という指摘をされた。

 一方で、公的住宅保障も次第に圧縮されてきている。入居収入基準の低下に加え、資産把握の必要性がたびたび議論に上ったり、定期借家の導入や入居継承の限定など。また、高齢者や障害者、母子世帯、DV被害者、子育て世帯等を優先入居対象にすることに対して、公営住宅対象の「カテゴリー化」という言葉を用い、対象世帯の救済効果以上に、公営住宅制度を守る手段として機能していると批判する(まさにそのとおり!)。公平性の論点から制度対象を限定していく論調(例えば大阪府橋下知事の公営階層10%論など)に対して、対象を絞ることで需給関係の調整を図っていると批判的だ。

 地方分権議論の中で公営住宅が取り上げられることがあるが、そもそもナショナル・ミニマム政策である公営住宅は分権には向かないのではないか。自治体にとってインセンティブのある制度になっていないとも指摘していた。

 さらに最近の民間賃貸居住の不安定化についての指摘。所得低下、低家賃住宅の減少(全国消費実態調査の再分析による年収低下に反して家賃の上昇を示すデータは興味深い)の中で、民営借家経営がプロフェッショナル化し、家賃保証会社が台頭して「追い出し」問題の発生や滞納履歴のデータベース化の動きが出ており、今後ますます公営住宅需要は高まりこそすれ、弱まることはない。

 従来、政府は持家取得を促進する政策を中心として、住宅ローン減税や贈与税操作、フラット35の拡充(フラット50)、長期優良住宅優遇、リフォーム減税などを進めてきたが、今回、こうした政策に対して反応が鈍い状況が見られる。日本の持家率は全体としては上昇しているが、40歳以下の持家率は着実に低下しており、高齢者の増加により見かけ上、持家率が上昇しているように見えるが、実質は低下しているのではないかと言う。

 こうした中、10月から厚労省が失職・住宅喪失者に対する住宅手当(ただし6ヶ月の期間限定)を始めたが、今後の動向が注目される。ただし民主党政権は必ずしもこうした状況に対して興味がないようで不安だと言った後、全体を総括し、公営住宅施策を住宅市場との関係だけでなく、もっと広い文脈で考える必要があるのではないか、という指摘でまとめられた。

 最終報告者は山田先生である。山田さんは経済学者という立場から「土地・住宅の公共性と公的管理」と題して報告をされた。公的管理・介入の根拠としての「公共性」はどこにあるか、という観点である。その際の重要な視点として、「市場の外・内全体から見る」ことと「建物は土地と一体で存する」という2点を挙げた後、「土地・住宅の公共性」とは「所有または利用(管理)に関わる社会的共通利益性」と定義した上で、公共性の問題として、アフォーダビリティ問題と土地空間の公共性の2つを挙げられた。

 前者については、イギリスのスラム対策、20世紀初頭の家賃高騰等によるアフォーダビリティ危機などの歴史を振り返り、公営住宅の供給と内需喚起の経済対策などの政策が取られてきた。また土地空間の公共性に対しても、1947年の都市農村計画法に始まる都市計画・空間政策が行われてきたと言う。

 これに対して、日本の場合は、イギリスが200年で経験したことを戦後のわずか50年で経験することとなり、その結果、公営住宅政策は戸数主義が前面に出て、現実後押し型の成長主義的介入が行われ、アフォーダビリティ対策が後景に配する状況になっている。また土地市場の突出が格差拡大を呼び、アフォーダビリティ問題を先鋭化させていると指摘。さらに建築自由の法制度が土地空間の公共性に対しても十分介入できずにいると批判された。

 こうした状況を踏まえ、アフォーダビリティ問題に対して、住宅政策は「与件対応政策」として公営住宅が供給されてきたが、「与件変革政策」すなわち経済構造の変革を考える必要があるという提言があった。理想は「アフォーダビリティ問題が発生しないこと」という言葉は斬新だったが、要はアフォーダビリティ問題は、住宅費支払能力と住宅供給との相克で生まれており、市場・経済政策により支払能力能力の向上を図る視点も重要であるということだ。

 最後に、土地空間の公共性に関して、景観に対する価値変化により社会的共通利益性が生じてきたと指摘した上で、日本型「建築不自由の原則」の確立が要請・提起される時代になってきたと、自身が最近最も関心を持っている事項についての話で締めくくった。

 多様な視点からの報告で、若干論点がばらけかかったが、この後、会場からの質疑応答により、さらに議論は興味深く展開した。

 まず会場から、「公的住宅だけでは限界がある。CDC's等の社会住宅で対応する方向が必要ではないか」という意見があり、「最も望ましい住宅政策はどうあるべきと考えるか」という直截な質問があり、「低所得施策と福祉施策の境界領域をどう考えるか」という指摘があり、「公的住宅のターゲットは結局どこなのか」、「高優賃・高専賃との棲み分け」等について質問が出された。

 長谷川さんからは、「公営住宅の1種・2種を廃止したことが間違いだった。ナショナル・ミニマムとリージョナル・ミニマムの2段構成は必要だと考える」という言葉があり、「公営住宅NPOやコ・ハウジングなど多様な住宅供給が必要ではないか」と応じられた。「生活保護制度の住宅扶助費との整理が必要になるが、現状、公営住宅は家主に対する補助であるが、入居者を直接支援する家賃補助制度の導入は必然と考える」という趣旨の発言があり、もっと多様かつ効果的に住宅政策を展開していくためには「政治家に住宅政策ファンを増やすことが必要。住宅問題はありませんという首長がまだまだ多い」と興味深い提言がされた。

 平山さんからは、ノン・マーケットの住宅をどう確保していくか、どう再編していくかが問題だという指摘に続いて、「住宅困窮とは何か。最低居住水準が実質意味がなくなった現在、新たな基準が必要ではないか」という重要な指摘がされた。「望ましい住宅政策は?」という質問に対しては、短期的には20%にも上る民間空家の活用が適当だが、借上公営は地方自治体にとって建設事業に比べれば有利な事業ではないと指摘。中長期的には社会住宅と家賃補助を併用する外国の事例を理想に掲げた。

 「高齢者など福祉階層を1ヶ所に集めることが問題である。団地型施策の解体が必要ではないか」という会場からの意見に対して、「神戸の復興住宅では後期高齢者が5割を超える住宅もあり、入居基準をこれ以上下げることは非常に問題である。しかし上げるなら、民間市場はノン・マーケットも含めて考える必要がある」と答えられた。

 山田先生から、「アフォーダビリティ問題の観点からは公営住宅は必要なくなることが最も望ましい状態である。公営住宅だけを見るのではなく、住まい・まちづくり政策として全体的に考えることが必要ではないか」。また、望ましい住宅政策について、ドイツ型社会住宅を挙げ、直接供給はバッファとして考えるべきだと指摘された。また「インフレの時代には持家化が必然だが、昨今のデフレ状況下では、持・借とも不安定になる。常に市場全体を見ていく必要がある」と重要な指摘があった。

 会場から「UR機構住宅はどう見るか」という質問があったが、長谷川さんが「URは公営と民間の昼間とは限らない。低家賃の機構住宅がセーフティネットに果たしている役割も大きい」と応じて、全体の討議が終わった。

 最後に三宅先生から「公共住宅は、社会住宅の方向をめざしミックス居住によるコミュニティの健全化。プラス家賃補助制度によるセーフティネット機能の充実」という方向が示されるとともに、「政治家を味方につける、というのは重要な方針ですなあ」というお笑いの中でワークショップが終わった。

 厳しい経済・社会情勢の中で、公共住宅の問題もいよいよ看過できない状況になっている。そのことを一層感じざるを得ない2時間であり、非常に有意義であった。