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郊外住宅団地再生研究会

 (社)地域問題研究所が呼びかけて、「郊外住宅団地再生研究会」が開催された。人口減少社会における郊外住宅団地(ニュータウン)が抱える問題や課題を共有し、「魅力の維持や再生に向けた取り組みについて、地域住民の活動と行政施策の両面から検討」しようというものだ。会員等への呼びかけに行政職員・住民・議員等、総勢30名ほどが集まり、狭い会場が一杯となった。

 冒頭、当研究所主任研究員の加藤氏の問題提起「郊外住宅団地を取り巻く現状と課題」があり、続いて行政と市民から二つの報告が行われた。

 報告1は「郊外住宅団地に対する行政からみた問題意識」と題して日進市企画政策課の近藤氏から、続いて報告2は「住民による住宅団地でのコミュニティ活動の成果と課題」と題して高蔵寺ニュータウン石尾台コミュニティの吉田氏から、それぞれの取組が報告された。

 日進市は、名古屋市東部に隣接する住宅都市で、昭和40年以降人口が急増し、昭和40年当時1.4万人であったものが、今では8万人に達しようとしている。市の中央を東西に天白川が流れ、その流域は農振農用地に指定されて、今も多くの水田が残る。住宅地は南北の丘陵地に開発され、それぞれ名古屋市営地下鉄駅につながる鉄道・バス路線が走っている。中央部の自然環境に対する市民の評価は高いという話は興味深い。

 開発された住宅地のほとんどは市街化区域に指定されているが、一部、調整区域地区計画を決定した団地もあり、また最遠部の団地には、下水道等の都市インフラが十分整備されていない。団地住民の多くは自家用車を利用するが、高齢者の増加等もあり、市は市内をくまなく巡回する「くるりんばす」を運行。また、週1回の農産物市なども開かれているという。市としては「クオリティの高い住宅都市をめざしている」という言葉が印象的だった。

 一方、高蔵寺ニュータウンの吉田氏の報告はこれまでもこのブログで何度も紹介している内容でもあり、省略。ただ、6月には市役所が住民委員会を設置するようだという話があり、遅々とではあるが、行政も動きつつあるようだ。

 後半は、先日も紹介した愛知工業大学教授の曽田忠宏氏も加わっての意見・情報交換。曽田先生からは、先日と同様、NPO法高蔵寺ニュータウン再生市民会議設立の話から始まった。郊外住宅団地の問題は、団塊の世代等、一定の年齢階層が集団的に存在することにあるという指摘は正しい。少子高齢化にしろ、空き家の発生にしろ、基本的には全ての地域・住宅地で共通に起こっている中で、この点のみが他の地域との相違点だ。

 かつて足助町の人口構造を調べた時に、意外に団塊の世代が少ないことに驚いたことがあった。過疎地を出た団塊の世代の多くが大都市に出て行き、郊外住宅団地等に居住している。団塊の世代の高齢化の問題は地域に偏在して発生しているのだ。

 こうした現状を踏まえ、曽田先生からは、今後の郊外住宅対策として、空き家対策と交通対策の重要性を強調された。

 また、愛知県住宅計画課の成田氏から、昨年度に実施した住み替え調査の報告があり、2~3割の世帯が「住み替え意向あり」と回答したこと、また、住み替え対策には住み替え意向を持つ世帯と不動産仲介業者とをつなぐ窓口機能の強化拡充が必要ではないかという意見が披露された。

 その後、会場からの自由意見交換が行われ、郊外住宅団地に外国人が集中居住している問題や、主に丘陵地が開発されたため、バリアフリー化が課題であること、また、区画面積が小さく二世帯住居の建設が困難なため、容積率の緩和等の対策が必要だという意見も出された。また、地域問題研究所の河北氏からは、アメリカ・カリフォルニアの事例として、住民を中心とした魅力ある住宅地づくり活動が紹介された。

 まとめに加藤氏から、郊外住宅団地問題の切り口として、①相隣レベル・地区レベル・都市地域レベルのエリア的視点、②住民・行政・民間の各セクターの役割を考える視点(コスト負担やそれらをつなぐ中間セクターも含めて)、③ハード/ソフトの具体施策の視点の3つが提示され、次回研究会までに論点整理と研究会の運営等も含めて検討した上で、再度、開催の案内をすることが伝えられた。

 加藤氏からはさらに、成功モデルとともに撤退モデルも検討する必要があるのではないか、また若年世帯のつなぎ止めや転入促進の観点からは、過疎地域でのIターン施策が参考になるのではといった提案がなされた。

 このところ郊外住宅団地の問題がたびたび取り上げられ検討されることが多い。そのたびに感じるのは、この問題をどこまで深刻な問題として取り上げる必要があるだろうかという点だ。少子高齢化や地域衰退を取り出せば郊外住宅地よりも衰退し問題の大きい地区はいくらでもある。日進市のように市域全体が郊外住宅地で新住民の方が圧倒的多数を占める自治体であればまだしも、春日井市のように、しょせん人口で2割以下の地区の問題をどう取り扱うかはかなり悩ましいはずだ。

 得てして郊外住宅団地は、学生運動を経験した団塊世代の高学歴のサラリーマン世帯が多いため、自治体に対しても要求型の運動になりがちだ。都市基盤は老朽化が始まりつつあるとはいうものの既成市街地に比べれば高い水準で整備されており、子供世帯の分離・独立は全国的な現象でもある。必要なのは既成市街地や既存集落から集めた税を郊外住宅団地に集中投下することではなく、さらにいっそう魅力ある住宅地となるよう、さまざまな活動を活性化させることではないだろうか。そういう意味で、加藤氏の言われたIターンという視点は大いに賛同する。

 また、団塊世代が、若者や団塊下の我々の世代を見て、「介護はどうしてくれるのか」と訴えるのは正直気に入らない。先ほどの容積率が厳しいから二世帯住宅が建たないなどという意見は言語道断。雇用・社会情勢や生活・価値観の変化等により別居や遠方居住が選択されているのであり、断じて土地利用規制のせいではない。こうした世代間の利益供与を問題とするのではなく、同世代間でいかに楽しく生活するか、それを見せることが若年世代の転入にもつながるのではないか。

 孤独死についてもそれを行政の問題として訴えるのではなく、自分自身が孤独死したくないのであれば緊急通報装置の設置など日頃から講じるべき方策はあるし、隣人の孤独死を懸念するのであれば日頃から声がけをすればよい。自分が声をかけずに行政に動けというのはワガママだし、離れた地区の孤独死を取り上げ問題視するのは大きなお世話だと思う。

 少し前の高齢者は隠居後、仏事・神事に熱心に取り組んだ。これからの高齢者も、いかに社会から離れて隠居するかをもっと真剣に考えてもいいのではないか。郊外住宅団地の再生も、団地住民がいかに死と向き合って生き続けるかが、実は再生のカギではないかという気がする。「再生は死と向き合うところから」というのは、話題を変えすぎているかもしれないが・・・。

 いずれにせよ、郊外住宅団地問題で思うところは千々雑多。地域問題研究所の方にうまくまとめていただき、噛み合った議論が続けられることを期待する。