英国の社会的住宅制度に学ぶ

 世界の公営住宅施策シリーズ、第3弾はイギリス。中京大学の岡本祥浩教授にお話を伺った。

 イギリスと言えば、サッチャー政権下の公営住宅の払い下げが有名だ。この背景として、「国民が持ち家所有を望んでいる」というのが公式には政府見解だそうだが、ロンドン病と言われる経済低迷を前に、世界の投資をロンドンに呼び込むための規制緩和や市場競争原理の導入による行政の分割・民営化、さらには住宅の自己所有化により国民の保守化を促進するといった新保守主義政策の流れの中で断行された。

 払い下げの推移と現状であるが、払い下げが始まった1980年代当初に一度ピーク(82年約24万戸)を迎え、いったん落ち込んだ後、80年代後半に処分価格の引き下げ等により再度ブーム(89年約20万戸)を迎える。90年代に入ってからは年5~10万戸で推移している。人気のあった戸建てや二戸一は早々に売れ、今は共同住宅のフラットばかりが残っているそうだ。最近は、入居者への個別払い下げではなく、HAなどの大家へ売却することも行われているが、最終的に低所得者ばかりが残り、住環境の悪化が問題となりつつある。また、払い下げを受けた者もその後ローン破綻するケースがあり、問題になっているとのことだった。

 イギリスの公営住宅制度がどういう形で運営されているか、例えば入居資格や家賃の仕組みを聞いたが、自治体毎に異なるようである。公営住宅入居者の収入分布というデータがあり、当然低所得者が多いものの、平均的には収入分位10段階の4~5段階程度になるようなので、日本のように低所得者に特化しているわけではない。また、20年ほど前の話として、家賃は市場家賃を徴収し、別途家賃補助をしていたという話もあった。住宅の一人あたりの部屋数は2.5部屋で、老朽化や衛生状態に対する不満もそれほど高くなく、住宅単体の質はある程度確保されているが、住環境に対する不満や不安が大きい。

 スラム化する住環境への対策は、EUからの地域再生補助金を活用し、持ち家や商業施設等も含めた総合的な地区再生や職業訓練等のソフト事業が行われているようだ。

 入居申し込みであるが、基本的にはウェイティング・リストに登録し、順番を待つことになる。1977年のホームレス法改正により、ホームレス優先枠が設定され、通常のリストには非常に長い列が連なることになったが、90年にロンドンでホームレス収容施設が積極的に建設された結果、96年に再度改正され、現在はウェイティング・リスト方式に戻っているようだ。ただし選別方法等は自治体に委ねられている。

 イギリスの住宅建設戸数は年20万戸程度であり、人口あたりにしても日本の4割程度だ。このうち公営住宅は90年代以降ほとんど建設されておらず、家賃補助やHAなどの社会的住宅の支援に重点が置かれている。設備系の維持修繕などどうしているのか疑問が残るが、市場家賃を徴収し、別途家賃補助をする仕組みであれば、適切な維持・管理は可能なのかもしれない。

 住宅経営を行う主体を行政から切り離すこと、そして、家賃補助を住宅経営から切り離すことの意義は理解できる。しかしそのためには大きな政治的な決断が必要であり、また住宅経営と生活(家賃)補助を一体的に担当する組織を構築する必要がある。日本のように低所得者ばかりを集めてしまった公営住宅でそれを行うとすると、家賃補助のための予算規模が膨大となり、現実的でないかもしれない。

 離職退職者の受け入れなど日本の公営住宅制度がますます変質しつつある。イギリスのような大ナタを振るう、というのも魅力的だが、日本の政治・官僚風土の中ではドラスチックな変革は難しいだろう。日本に適した現実的な方策を考えたい。