住宅瑕疵担保履行法を考える

 「建築ジャーナル 2008年12月号」が「住宅瑕疵担保履行法、素朴な疑問」と題した特集記事を組んでいる。建築ジャーナル誌は、行政に対して批判的なスタンスを取ることを専門誌としての基本的な編集方針としているので(一方で巻末の建築最新事情で取り上げる建築設計事務所特集が営業方針を示していて面白い)、ある意味読者の読解力を試されているようで、ついつい真剣に読んでしまう(実は戦略に乗せられているのか?)。それで、住宅瑕疵担保履行法である。

 保険法人5社とハウスメーカー7社へのアンケートデータの後に、国交省住宅瑕疵担保対策室長へのインタビュー、「保険の加入有無は消費者の自己責任で選べばいい」と題する設計者のコラム、的確な監理を実施していると自負する3人の建築家と西川編集長による座談会。そして(財)住宅保証機構へのインタビューで構成されている。

 基調は、コラムのタイトルにあるように住宅瑕疵担保履行法に対する批判である。4人の座談会では主に保険制度の技術的な事項に疑義が挟まれている。保険会社の2回検査に意味があるのか。保険金はちゃんと支払われるのか。保険会社の「設計施工基準」は適当なのか。最後に、「2回の検査で10年間保証する仕組みがいいのか、それともきちんとした監理でもって100年保つ住宅がいいのか。」というアジテーションで終わっている。

 確かにきちんとした監理は重要であるし、監理がされていないことを前提とした仕組みに対して疑義を挟みたい気持ちもわかるが、実態に合わせた制度設計という前では、現実性に欠ける。監理業務の位置付けと瑕疵担保保証との関連は深いが、向いている方向が違うので、別の課題として議論すべきではないか。「保険制度に監理業務の実施状況を反映させろ」というのが正しい方向であり、その具体的な提案が欲しい。

 しかし実際は難しいだろう。私はいっそのこと検査もなく一律保険対象とし、保険会社毎に住宅性能表示制度等と関連させた割引制度を検討してもらうのがいいのではないかと思っている。保険会社の検査や技術基準に対する疑義というのはよくわかる。官僚や学者に本当の意味での技術力がないというのは定説である。その上に制度を組み立てるから、「天下り機関のための保険制度」という批判が出てくる。官僚や保険会社は技術力を民間に開放し、その上で制度構築を図るのが適当と考える。

 一方、コラムには興味深い指摘もいくつか見られる。完成戸数が増えるほど供託金額が低下する仕組みに対して、「1万棟も建設すれば1棟当たりの補償額は44,000円になってしまう。同一仕様で建設する大手メーカーが倒産した場合、これで本当に大丈夫なのか」という問いは説得力がある。竣工棟数の多い事業者の負担を増やし、棟数の少ない業者の負担を減らす逆算定の提案も興味深い。供託金額設定の考え方を明確にし、必要に応じ政策的な誘導効果を挟むという考えには一考の価値がある。

 基本的に、私はこの法律の目的自体は間違っていないと考えている。理想的には、建築基準法を廃止して、建築基本法を定め、集団規定に関する建築許可制度と単体規定に関する保険制度に2本化すべきで、住宅の瑕疵担保は後者の中心的な制度となるべきだと考えている。こうした考えからすれば、住宅瑕疵担保履行法は建築基準法と並ぶ重要法規である。

 建築ジャーナル誌は、2008年3月号で『特集版 建築基準法「先進国」はどこだ?』という特集を組み、西川直子編集長自ら「建築基準法 問題解決策はこれだ!」というコラムで、私と同様の提案をしている。「景観・都市計画的建築審査と安全性・技術的建築審査を二段階にすることを提案したい」。後者の建築審査は、専門家による任意審査であり、この結果が融資制度や損害保険制度に直結する仕組みだ。「融資制度や損害保険制度がしっかりしていれば姉歯物件住民の悲劇はなかっただろう。」と書いているが、全く同感だ。そのための住宅瑕疵担保履行法である。だとすれば、ヒューザー事件(ディベロッパー倒産による住宅購入者損害の発生)再発防止の観点から評価するという視点もありうる。

 座談会では、この視点から見て、「故意で重過失だったヒューザーの場合は、保険金が支払われないのではないか」と保険制度の欠陥を指摘している。もし今後そういうことがあれば、保険会社が批判されるであろうが、国交省は「そんなことはあり得ない。適正な対応を指導する。」というだろうから、実際どうなるかわからない。法制度に瑕疵があるのだろうか。

 住宅瑕疵担保履行法はいよいよこの10月から供託または保険加入の義務付けがスタートする。完成物件から適用だから、既に対象となる住宅の着工が始まっている。建築基準法に基づく確認審査の厳格化に伴う官製不況が話題となり、国交省も新制度の適用スタートには神経を使っている。しかし、供託や保険加入を義務付けることによる経済的な影響は少なからずあると考えた方がよい。ましてやこの世界同時不況である。日本の建築審査制度の根幹に関わる制度だと思っている。是非ともうまくスタートを切って欲しい。だが大丈夫だろうか。前途多難、不安満載というのが、実質スタート半年前の偽らざる感想だ。