今年読んだ「すまい・まちづくり本」ベスト5

 今年読んだ都市・建築関係の本は19冊。今年から読んだ後に「いい」と思った本は☆を付けるようにしたが、付けられた本は8冊。そこからさらに5冊に絞るのは大変だった。今年もまた、人口減少や高齢化に伴う都市や地方の衰退・老朽化等に関する本が多い。ベスト5は被らないように選定したが、選外に記した本もいずれも甲乙つけがたい。

【第1位】夢みる名古屋矢部史郎 現代書館

 とにかく内容が強烈。石川栄耀を批判し、戦災復興都市計画を批判し、近代都市計画を批判し、トヨタ自動車の経営手法を批判する。極左な内容の本だと言えるが、けっこう糧になる内容も多い。筆者は最後に下之一色を訪ねるが、結局、都市計画が達成しようとしたものは何だったのかと自省するしかない。

【第2位】奇跡の集落(多田朋孔・NPO法人地域おこし 農村漁村文化協会)

 地域おこし協力隊の活動の中でも最も有名な成功事例を紹介する。だが、ただその内容を紹介するのではなく、地域おこし協力隊として地域に入った筆者が、自らの行動だけでなく、それまでの集落の活動なども取材し、成功の要因を冷静に分析する。また、本音コラムやノウハウ編などもあって、移住を考えている者へのアドバイスにもなっている。

【第3位】限界都市 あなたの街が蝕まれる日本経済新聞社 日経プレミアシリーズ)

 住まいや街の老朽化を描いた本としては、野澤千絵の「老いた家 衰えぬ街」もあるが、本書ではコンパクトシティの虚構性を指摘しており興味深い。また、東急電鉄江東区長、また学識者へのインタビューも興味深い。都市計画が都市をコントロールし得ていない現状はかなり深刻だと言える。

【第4位】生きのびるマンション(山岡淳一郎 岩波新書

 老朽マンションの管理の問題に的を絞って取材し、問題提起をしている。中でも、旭化成建材杭データ偽装事件の顛末については、私も多少なりとも関りがあっただけに興味を惹いた。調査報告書は今、横浜市の担当者の机の引き出しの中になるようだが、ぜひ真相を明らかにしてほしい。また、問題提起だけでなく、課題を克服してがんばっている管理組合もいくつか紹介している点も心強い。

【第5位】アナザーユートピア槇文彦・真壁智治 NTT出版

 槇文彦のオープンスペースに関する論考に対して、16編の論考が寄せられた。建築家だけでなく、都市計画、社会学、福祉研究者など様々な専門家から多様な論考が寄せられており、それが興味深い。これを読んで田中元子の「マイパブリックとグランドレベル」を読んだが、こちらは大したことはなかった。

【選外】

 他に☆を付けたのは2冊。「熱海の奇跡」は熱海でまちづくりに取り組む市来功一郎氏が自らの活動について書いた本。4月に聴いた市来氏の講演会「熱海のリノベーションまちづくり」もよかった。また、「ベルリン・都市・未来」はクラブカルチャーで盛り上がるベルリンを紹介するのだが、やや危ない気がしないでもない。
 ☆は付けなかったが、安田浩一「団地と移民」、そして1997年に発行された井上章一「つくられた桂離宮神話」も興味深かった。

NPO法人「つるおかランド・バンク」の取組

 一般社団法人 地域問題研究所の主催で「既成市街地再生研究会 つるおかランド・バンクの取組に学ぶ」と題するセミナーが開催された。NPO法人「つるおかランド・バンク」の廣瀬理事長が講演されるというので、興味を持って参加した。「つるおかランド・バンク」と言えば、首都大学東京の饗庭教授による「都市をたたむ」で紹介され、2017年に開催された饗庭氏の講演会「人口減少時代の都市計画・まちづくり」の際にも話をされていた。実際に現地で活動されている方からの報告は生々しくも現実を赤裸々に語られ、非常に有意義だった。
 最初に、この研究会を企画した地域問題研究所の河北主任研究員から問題提起の説明があった。人口減少や産業構造が進む中、都市構造の変化が求められている。都市のスポンジ化や住宅ストックの供給過剰が現実となる中、不動産業界もストック活用などメンテナンスによる収益への転換や既成市街地における継続的な小儲けで収益を得る方向へと構造変化が求められてきている。これからは、宅地レベルから街区レベルでのストック活用へ、公共事業的な整備から地域経済の持続・継続につながる民間ベースによる整備への転換が必要になっていくのではないか。それを考える時、「つるおかランド・バンク」での経験は参考になる。「既成市街地再生の意義」「ランド・バンク事業の可能性」「資産価値の位置付け」、そしてそのための「新たな組織の可能性」。そういった問題意識をもってこの研究会を進めていきたい、といった趣旨の話だった。
 そして廣瀬理事長の話が始まった。思ったよりも若い方だったことにまずはびっくりした。最後の質疑の時間に明らかにされたが、本業は不動産業を営み、鶴岡市宅建業界で重鎮だった前理事長の後を継いだ二代目理事長とのことだ。鶴岡市山形県の西部、日本海に面する人口13万人弱の都市で、2005年の市町村合併で月山や羽黒山などの出羽三山も市域に含めるようになった。私は2017年春に訪れたことがあるが、鶴ケ丘城址や致道博物館、旧風間邸など観光地を巡っただけで、市街地をじっくりと観察することはなかった。それでも広々として気持ちのいい街だという印象は残っている。それと汁物を中心とした食事がおいしかった。他にも、クラゲの展示で有名な加茂水族館や建築家・坂茂が設計した水田に浮かぶホテル「SHONAI HOTEL SUIDEN TERRASSE」も有名で、見所の多い街でもある。
 しかし、人口は着実に減少傾向・高齢化も進み、空き家も年々増加している。特に中心市街地では、城下町時代の大きな区割りの中に、狭い行き止まりや一方通行道路がひびのように入り、加えて降雪による道路幅の狭まりもあって、郊外部への人口流出が深刻になっている。こうした状況に対して、「空き家・空き地の売買をチャンスと捉え、街の将来を見据えて道路・区割りを少しずつ整備していく『小規模連鎖型の区画再編事業』による中心市街地居住地域の活性化」を目的に設立されたのがNPO法人「つるおかランド・バンク」だ。役員には、不動産業者や建設業者、設計事務所司法書士行政書士土地家屋調査士などが名前を連ね、金融機関や鶴岡市の職員、さらに研究者(平成30年度の名簿には饗庭先生の名前が書かれているが、講演では早稲田大学と言われていた)も参加している。これらの専門家と鶴岡市が連携して、個別区域ごとの課題に対応していくというのが基本的な取組方針だ。
 具体的に取り組んでいる事業は、空き家委託管理事業、空き家コンバージョン事業、空き家バンク事業、ランドバンク事業、そしてランドバンクファンドによる助成事業の5つだ。「空き家委託管理事業」は定期巡回や掃除・庭木の手入れなどの空き家管理を請け負うもの。「空き家コンバージョン事業」は空き家をシェアハウスなどの様々な施設にコンバージョンすることを提案し、サポートするもので、ランド・バンクから補助率1/2・上限100万円の助成金も支給している。「空き家バンク事業」については現時点で154物件を登録し、2013年からの6年間で成約111件を数える。
 そして「ランドバンク事業」だが、NPO設立前の2011年、有志で結成したランド・バンク研究会で、無接道で地権者2名、地上権者3名のうち2名は既に死亡して未相続という密集住宅地を解体整地した事例で2012年やまがた公益大賞を受賞している。今回は、狭隘道路に面する狭小宅地2区画を再編し、道路拡幅と合筆により子育て世帯に譲渡・入居した事例や、無接道の囲繞地をこれまでの取り付け道路とは反対側の道路に接道する土地と合筆することで親世帯に近居する若者世帯の住宅が建築された事例、屈折した行き止まり私道を、空き家を解体することで付け替え、面整備を実現した事例などが紹介された。現実には、相続放棄物件や相続未解決物件も多い中、相続財産管理人制度なども利用して事業を進めており、司法書士等の参加が大きな役割を果たしている。
 また、「ランドバンクファンド」は、市民・企業等の寄付金200万円に、(財)民間都市開発推進機構から1,000万円、鶴岡市からの1,800万円を加えた3,000万円をベースに実施しているもので、上述の空き家コンバージョンに対して助成する「地域コミュニティ施設整備支援」の他、「利便性の向上に繋がる私道等整備支援」や「町内会空き地活用整備支援」、そして宅建業者行政書士等に対する「コーディネート補填助成」を実施している。中でも「コーディネート補填助成」については、空き家バンク等により売買が成立した物件の約半数は200万円以下であり、法定の仲介手数料では全く採算が合わないため、個別の状況に応じ、ファンドから助成をしているとのこと。
 「つるおかランド・バンク」では2017年・18年と国交省の空き家対策に係るモデル事業の採択を受け、上記のような実務と併せて、調査研究も実施している。鶴岡市では住宅地地価は坪15万円程度。しかも商業地の地価が近年急落し、住宅地と変わらなくなっている。そうした状況では、土地の高度利用による事業スキームは成り立たず、税優遇によるインセンティブも低い。自治体の財政状況も厳しい。加えて、相続に係る諸制度も壁となって立ち上がる。こうした中、がんばって活動をしている廣瀬理事長を始めNPOの皆さんに大きな拍手を送りたい。
 ほぼ1時間半にわたる報告の後、いくつかのグループに分かれて意見交換を行い、グループ毎に廣瀬氏に対する質問をまとめた。一番多かったのはNPOの運営資金や組織など。そして市との関係・役割についての質問も多かった。NPOの運営については年会費に加え、NPOから紹介を受けて事業を実施した解体業者や建設業者等に1割程度の寄付をお願いしていること、市からほぼ一人分の人件費負担をしていただいていること、また調査委託による収入も大きい。一方で常勤職員は2名で、ほとんどブラック雇用状態だと告白。市が自ら取り組むのではなく、NPO組織にしているのは、(財)民間都市開発推進機構などからの支援を受けるためと、厳密な公平性などから離れ、ある程度自由かつ柔軟に活動ができることを理由に挙げていたが、街区レベルの土地利用計画などはやはり市が主体になるべきという意見も聞かれた。
 また、地域住民にとってこうした取組を進めるにあたって何が動機になるのかという質問に対して、河北氏が思い描いていた「資産価値の向上」といった答えではなく、「隣地関係の改善」と答えられた。確かに、200万円以下の売買が半数以上といった状況では、多少、資産価値が上がったとしても大きなモティベーションにはならない。逆に言うと、こうした事業をビジネスモデルとして構築しようとするのは難しいということ。コミュニティ施策、地域環境の改善施策として、行政が主体となって取り組むべき事業のような気もする。なお、この事業が始められた時の榎本市長は測量設計が家業だったが、2017年には元農水省官僚の皆川市長に交代した。今後の事業の行方には市の姿勢も大きく影響する。現市長にもこの事業の意義を十分理解していただき、市の継続的な支援を得て、ランドバンク事業がこの先、さらに大きく発展していくことを期待したい。
 基盤整備が不十分な既成市街地をどうしていくかは、全国の多くの自治体にとって、深刻な課題の一つだろうし、今後そうした市街地はさらに増え、また困難度を増していく。地域の未来を地域住民がどう考え、自治体がどう取り組んでいくのか。「つるおかランド・バンク」の取組は大きなヒントになるが、同時にその方策は地域ごとに異なるはず。民間ベースによる整備という視点は重要だが、それだけでは限界があるのも事実。地域の再生=国の再生という視点を持ち、行政と民間がそれぞれの役割をきちんと果たしつつ、うまく連携を取って進めていくことが必要だろう。