第三セクターとエリア・マネジメントについて

 地元県市と公益企業等が出資をして設立されたいわゆる第三セクターで、主には商業施設の管理運営を行っている会社がある。近頃、地元市が主導して、その商業施設を含む地域のエリア・マネジメントを行うために、まちづくり会社を設立した。地元商工会議所等にも出資を求めて、同じ第三セクター形式の会社だ。先日、機会があって、市に対し、両社の役割分担等について考えを聞いたが、明確な答えは返ってこなかった。想像するに、当初は先に設立した会社にエリア・マネジメント的役割を期待していたが、商業施設管理が中心で十分その役割を果たしていないと判断し、エリア・マネジメントを専業とする会社を立ち上げたものだろう。だが、ここに2点問題があるように感じる。一つは「第三セクターの役割は何か」であり、もう一つは「エリア・マネジメントとは何か」という問題である。
 まず、第三セクターの役割は何か? これに関して、先日の会合では、「行政が地域の活性化等の施策を行っていくにあたり、資金調達や効率的な事業実施のためには専業的な会社組織が必要で、かつ既存には適当な事業者がない場合に設置するのが第三セクターではないか」と話した。逆にいえば、税金投入が適当な公共事業は行政が実施すべきであり、第三セクターで実施する方が効率的な場合には、行政から委託等を行うという方法もあり得る。万一、その第三セクターが法外な利益を挙げているようであれば、行政は出資者の一人として使用料の値下げなど適切な事業実施について指導をすればいい。若しくは配当や税金として利益の回収を図るべきだ。もっともそんな第三セクターは今どきほとんどないのではないか。
 一方、エリア・マネジメントであるが、まち・ひと・しごと創生本部の定義では「特定のエリアを単位に、民間が主体となって、まちづくりや地域経営(マネジメント)を積極的に行おうという取組み」とされている。エリア限定であり、行政主体ではないことが特徴だが、何を行うかについて特定されているわけではない。地域の課題解決と活性化等を目的に、その地域の状況に応じた様々な取組が可能であり、また期待されている。誰が行うかという主体に応じて、行う事業も異なってくる。
 住民主体で清掃活動といった取組もれっきとしたエリア・マネジメントだが、第三セクターを設置して、すなわち人を雇用して事業に取り組むとなると、その財源が大きな課題となる。今回、地元市が設立したまちづくり会社は、市施設の指定管理業務が主な財源であるが、地域の活性化や住民福祉に応えるような公共施設の管理運営も重要なエリア・マネジメントの一つであり、現状の取組みは大いに評価したい。
 問題は、指定管理業務などで得た収益を他の収益性の乏しいエリア・マネジメント業務に投入することが適当かどうかという点だ。まちづくり会社の設立を主導した地元市では、そうした資金の取り回しは当然と考えているようだが、地元市といえども出資者の一人に過ぎない。将来的に利益を生む可能性があれば、投資として考えることもできるが、本来、市が取り組むべき事業の代替執行ということであれば、他の出資者は黙っていないのではないか。過去、こうした行政の姿勢が多くの第三セクターを破綻に追い込んできたのではないか。
 第三セクターは何をすべきか。そしてエリア・マネジメントとは何か。エリア・マネジメントとしてやるべきこと、やってほしいことはたくさんあるが、できることは限られている。誰が、何を、どうやるか。そこをまず明確にした上で、第三セクターの役割、エリア・マネジメントの内容を考えていくことが必要だ。今回のまちづくり会社の設立は、このことが十分考えられていないのではないか。エリア・マネジメントという口当たりのいい言葉に市自体も踊らされているような気がする。
 そして、商業施設を管理運営している第三セクターに出資公共団体から出向されている方がこんなことをつぶやいた。「うちも将来的には株式を民間譲渡し、民間移管すべきだと思います」。なるほど、第三セクターの将来的な方向として示唆に富む発言だと感じた。

人口減少社会の中で都市撤退の作法はあるか

 上記タイトルのシンポジウムに参加した。12月8日に開催された都市住宅学会大会(名古屋)のメインシンポジウムだ。パネラーは次の5人。海道清信氏(名城大学教授)、唐渡広志氏(富山大学経済学部教授)、吉岡初浩氏(愛知県高浜市長)、市原正人氏((株)ナゴノダナバンク代表)、そして木元寛明氏(元自衛隊主任研究開発官)。最後の木元氏に注目が集まった。「人口減少が確実な時代。住民にダメージの少ない/住民のためになる/住民の新たな幸せを生み出すような共通の作法は何か。定石はあるのか」という司会者からの主旨説明に続いて、各パネラーから順次、用意された報告があった。
 最初はコンパクトシティ論について数多くの著作がある海道先生から「コンパクトシティの展開・展望」と題して、コンパクトシティ施策の現状等について話があった。最初にガボールの「成熟社会―新しい文明の選択」から、「成熟社会とは、人口及び物質的消費の成長はあきらめても、生活の質を成長させることはあきらめない世界である」という言葉が紹介された。立地適正化計画の策定や空家特措法が制定され、現在は第3フェーズに入っているという認識の下、現状を批判的に評価。国が主導するコンパクト+ネットワークの都市像に対して、現状、低密度居住にある地方の住民にとっては逼迫感がなく、あまり支持が得られていないのではないか。また、規制誘導方策が弱い日本の都市計画制度では、実現性と効果の面でかなり疑問があると指摘された。
 2番手の唐渡先生からは、「地方都市における縮退戦略と評価」と題して、国内唯一の成功例と言われる富山市の現状と評価について話をされた。中心市街地の昼間人口の下げ止まり、路面電車利用者の増大、中心部地価の上昇など、施策の効果は確実に出ていると評価する一方、周辺地域での大型商業施設の開業などにより、一部の郊外地区で人口増加があり、必ずしも自動車交通を前提とする買い物行動を変化させるまでには至っていない。計画されているLRT富山駅南北接続もまだ完成しておらず、引き続き、今後の推移を見ていく必要があると結論付けた。
 3番目に登壇したのは、高浜市長である吉岡氏。「公共施設のアセットマネジメントの取り組み」と題して、高浜市で実践してきた施設再編の取り組みを紹介された。高浜市と言えば人口5万人弱。市域も小さく、十分コンパクトな都市ではあるが、市管理の114施設について更新費用を試算すると、将来的には現状の5倍以上の費用が必要との結論が出た。そこで、「現行施設以外には新しい施設は作らない」という考えの下、「学校を地域コミュニティの拠点として複合化を視野に、総量の圧縮と長寿命化を実施する」という方針を決定。その第一段として、耐震改修が必要な市庁舎について民間事業者に建て替えてもらい、その事業者から庁舎をリースすることとした。また、小中学校ごとにあるプールについても高浜小の建替えに合わせてプールを廃止。民間プールを活用する形に改めた。ただ、こうした取組に反対する住民の声も強く、住民投票の動きもあるなど、住民対応には苦慮しているようだ。
 (株)ナゴノダナバンク代表の市原さんからは名古屋市円頓寺商店街での取り組みについて。衰退する商店街の現状に対して、商店主や住民等と外部の建築家、コンサルタント等が集まって「那古野下町衆」を組織。各種イベントの開催や街並ルールの策定、そして空き家・空き店舗の活用を進めるナゴノダナバンクの活動などにより、現在の活況へと再生していった。「撤退」がテーマのシンポジウムの中ではやや異質ではあったが、性急な再開発ではなくゆったり衰退させる、いかに活用するかを考えるという話は、テーマを考える上で参考になった。
 そして最後は、参加者の多くも期待した自衛隊出身・木元氏から「有事の戦術としての撤退」について。「撤退」とは「任務の達成が不可能(敗北が不可避)と判断される時機に、自主的に決断して、新たな行動に移行すること」。敗走ではなく、「新たな行動」と定義するところが面白い。撤退にあたって重要なことは、誰が判断するのか、いつ決断するのか、ということ。交戦の最中に撤退するためには残置部隊、収容部隊を配置し、砲兵部隊が支援するといった実践的な離脱の事例を説明された。決断者は司令官と言うが、これを都市に適用すると誰になるのか。市長か、住民か? 多段的撤退という表現も使われたが、これを地域の撤退手法として考えた時に、どんな方策がありうるのか。すぐに答えは出ないが、興味深い報告ではあった。
 その後の意見交換では、撤退の作法と成熟都市の理念について司会者から意見を求められた。海道氏の「日本はまだ、その街に住み始めた第一世代が住んでいるという新しい街が多い。第二世代・第三世代と住み続くようになって初めて『成熟都市』と言えるのではないか」という発言が興味深かった。また、市原氏からも「世代交代ができるまち」という発言があった。円頓寺商店街では今まさに直面していることなのかもしれない。「まちが継続していくこと」こそがまちづくりの究極の目標ではないかと日頃から思っていたが、それに賛同が得られたようでうれしい。
 また、撤退といってもその土地がなくなるわけではない。住宅地等として利用されなくなるだけで、例えば過疎地などでは自然に還っていくのかもしれない。では都市部では? ただの空き地として放置されるのではうまい撤退とは言えないだろう。円頓寺商店街ではリノベを考えた。高浜市では公民館を廃止し、民間病院を誘致した。都市の撤退についても、その地域に居住する住民が快く納得する活用計画を提示できればスムーズにいくのだろう。無理に押し付けるのではなく、住民が誇りをもって、自主的に移転できるような縮退計画が必要だ。市原氏の話に照らせば、建物のリノベと同様、都市のリノベを考えるべきではないか。都市的利用ではない他目的での土地活用を進めることが結果的に都市の撤退につながる。シンポジウムを通してそんなことを考えた。刺激的なシンポジウムだった。

世界の空き家対策

 このところ、米山秀隆氏の空き家対策に関する本を続けて読んできた。日本の空き家問題とその対策を考える一方で、海外ではどうなっているのか、という疑問を持っていたが、さすが米山氏、しっかりと海外事例についても調査し、まとめられている。本書では米山氏は編者として日本の空き家問題と対策について記述し、他に5氏から、アメリカ、ドイツ、フランス、イギリス、韓国の実態と対策が報告されている。
 下記にも少し引用したが、これら5ヶ国においても、事情は違いこそすれ、しっかりと空き家対策が進められている。不動産流通システムの確立と不動産登記制度により、公民連携した空き家の再生・活用が進められている「アメリカ」。「ドイツ」では地域課題と連携したエリア再生に向けた包括的な取組が紹介されている。空き家税から無主空き家の公共団体帰属制度まである「フランス」の総合的な空き家政策。そして「イギリス」では、空き家問題よりも新築促進が課題となっているというのも興味深い。
 これらの国々に共通するのは、不動産登記制度が義務化され、機能していること。未登記土地もあるが、それらを登記化する取り組みもしっかりと進められている。また、住宅需要が高い中で、空き家活用施策が進められ、需要がない地域では、環境問題・社会問題としての取り組み(撤去や改善など)が進められている。日本の場合、登記制度の問題が大きなネックとしてあるが、加えて、空き家の活用・再生がやたらと目標になり、実際には再生困難な地域、静かな撤退が必要とされる地域においても、無駄に空き家対策(例えば空家バンクなど)が推進されているような気がする。
 これについては、先日聴いた、都市住宅学会大会(名古屋)でのシンポジウムやWSでの議論が刺激となっている。次はそれらの様子について報告したい。

世界の空き家対策: 公民連携による不動産活用とエリア再生

世界の空き家対策: 公民連携による不動産活用とエリア再生

アメリカの住宅市場では、住宅や居住地域などが多様な所得水準や社会階層に対応しており、所得や地位の向上に合わせて住み替えが頻繁に行われるが、1990年以降にそのような状況を支える不動産流通システムが確立された。……しっかりと維持・管理された住宅はその内容に応じて高価格で売却できる建物評価手法が普及しているため、……消費者の間では、新築住宅にこだわらず、既存住宅をリモデリングし、住宅の価値を高めながら住み替えを続けていくライフスタイルが定着している。(P43)
〇ドイツの一部の州では、住宅監視法に基づいて居住不適格宣言を出したり、所有者に対して修繕や近代化などの命令や罰金の徴収ができる。このような強力な法律が制定されたのは、移民や貧困層の社会問題と、放棄不動産による地域環境の悪化の問題を総合的に解決するためである。/空き家の問題を地域の環境問題や社会問題と結びつけて包括的に解決する取り組みは、日本でも重要と考える。(P108)
〇フランスでは、空き家政策として多様な手段がある。空き家税は、居住可能な空き家の所有者への課税である。徴発は、居住可能な空き家についての強制的手法による利用権設定である。一時的住宅契約は、居住可能な空き家について、契約的手法で利用権設定を行うものである。これらに加え、……所有者が不動産を放棄していると認定して公共団体が取得する明白放置財産収用制度や……不動産が無主であると判定して公共団体に所有権を帰属させる無主財産市町村帰属制度もある。以上に加えて、……建物管理不全対策として、崩壊危険建物制度、衛生危険建物制度も整備されている。(P120)
〇イギリス政府は現在、新築住宅の供給体制づくりを進めており、……「2020年代半ばまで、住宅供給を平均で30万戸に引き上げる」……としている。/市場規模はともかく、イギリスでは新築住宅戸数が問題化しており……「空き家再利用から新築へ」の流れが見られる。……イングランドにおける長期空き家戸数は現在減少しており、空き家の最大の問題は、「利用可能な住宅が利用されていないこと」であり……「空き家をいかに市場に戻すか」にある。(P152)