これからの地域再生

 飯田泰之が編者となった本は、先に「地域再生の失敗学」を読んだ。地域「再生」とは経済的な向上だとはっきりさせることで、わかりやすく地域再生を論じていた。本書では、前著で対談した相手とはまた違う6名の著者による、それぞれの分野における地域再生策の提言を集めている。飯田氏は「序論」と「おわりに」を執筆しているのみ。しかし飯田氏の理論は確実に各著者の提言内容に生きている。というより、各著者の提言がすなわち、飯谷のいう地域再生の正しい方向なのだ。
 すなわち、人口が目標となるのではなく、地域経済に見合った人口が居住する。地方の最大の輸入項目は「本社機能」、ゆえに、企画やマーケティングなどの「本社機能の地産地消化」こそ、地域再生の重要な活動目標となる。また、寛容性と匿名性、そして強弱適度なつながりが多様な人材を集める、など。しかし、実践としては各執筆者の提言の方がより具体的だ。
 中でも、建築プロヂューサーの広瀬郁氏が言う「事業とバランスの取れた開発」などは説得力があるし、藤野英人氏の「ヤンキーの虎」も面白い。浅川芳裕氏の地方都市民と農業生産者を繋ぐ地域農業モデルは可能性が高い。
 総じて言えるのは、地方には地方のやり方があり、現にそれを実践して成功している人々がいるということ。だから女性の人口推移だけでみた地方創生論(=衰退論)は全く正しくない。だが、一方で地域競争も確実にある。地域ごとのパイは地域間で拡大もすれば縮小もする。発展する地域があれば、縮小する地方もある。いや、大都市だって、国際的な都市間競争にさらされている。競争で敗れても、地方から吸い取ればいいというこれまでのやり方は通じなくなってくるだろう。地方の側もよりしたたかにならなければいけない。そして地域が再生に成功する可能性は大いにある。けっして悲観する必要はない。

これからの地域再生 (犀の教室)

これからの地域再生 (犀の教室)

○ホタテ養殖を主要産業とする北海道猿払村では、人口の減少と平均所得の上昇が同居している。その平均所得は・・・全国の区市町村で4位にまで上昇した。・・・同村の事例は・・・その土地が「食わせていける人口規模」へのサイズダウンは平均所得を向上させうる。・・・非都市部では人口増ありきではなく、第一次産業や観光業の稼ぐ力に合わせて適切な人口が居住する。つまりは目標ではなく結果として地域人口が決定するという視点が重要である。(P32)
○地域間の不均衡を生む最大の要因は開発・企画・マーケティングといった非物質的な活動の「輸入」である。したがって、「本社機能の地産地消化」が地域経済にとって最大の輸入代替活動なのだ。(P49)
○寛容性が多様な人材を引き寄せ、多様な人材同士が街で出会い、弱いつながりを構築することで地域のもつクリエイティビティが高められる。・・・寛容性を生み出す要因の一つが適度の匿名性である。・・・都市規模が大きくなると匿名のままでいられる時間・空間が増加する。その気になれば事実上匿名でいることができるという余裕が多様な人材にとって居心地のいい街を作る。出身地区や学校を軸とした強いつながり、それらを超えた弱いつながりの双方を維持する場として中規模都市圏の存在意義は大きいのだ。(P56)
○本来余った空間を活用すべきなのに、さらに床を増やすなんて、ナンセンス。再開発では減築などの方法を検討すべきである。おそらくほとんどの地方都市の総延床は余剰状態であるはずだ。/まずは、街の総延床面積と担い手である事業者数とのバランスを検証することから、すべてが現実味を帯びてくる。(P127)
○地方ではリスクをとれる「ヤンキーの虎」たちがやる気のない古い会社のシェアを奪いながら、少しずつ陣地をとって拡大していっている。・・・正念場となるのは2025年頃だ。東京オリンピックが終わり、団塊世代後期高齢者になって大縮小時代が訪れる。・・・より近代的な経営をしている会社や、より多くの優秀な人材を集めた「虎」が、M&Aを繰り返しながらさらに巨大な「虎」に成長する。・・・彼らはボトムアップで地方経済の衰退スピードを食い止める働きをするだろう。(P204)
○市内の農家とブロック・ローテーション等を通じて、他産地から入ってくるものを地元産に置き換えていく作業を確実にしていけばいい。/地元の食と農の事業者同士がコミットした上で、地元民の消費活動とリンクした活動を続けていけば、地方都市の農業が衰退する理由はまったくみあたらない。(P269)

ヌーヴェル赤羽台とパルロード赤羽

 横浜での仕事を終えて、東京都北区赤羽に向かった。ヌーヴェル赤羽台はURが建替え事業を進めている団地で、これまでにD街区までが完成している。A~C街区が完成した時点で、2012年度グッドデザイン賞を受賞。さらに2015年末にD街区が完成したことで、2016年度のグッドデザイン賞を受賞している。楽しみに見学に行った。
 JR横浜駅東海道線に乗り、上野を過ぎると、低層の建物が密集した市街地が広がる。「東京の北区と言えばこんなもんなんだ」と首都圏に土地勘のない私は、車窓を眺めながらそんなことを思っていたが、赤羽が近付くと、風景が一変する。マンションが林立。都会だ。後で聞けば、赤羽は北区の商業・交通の中心地で、川口など埼玉県方面からの東京の玄関口となる副都心ということだ。東北線の他、京浜東北線埼京線高崎線が乗り入れる交通の要衝となっている。
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 まず、駅前の再開発ビルの一つである商業施設アピレに向かう。赤羽駅西口は昭和50年代から再開発事業が進められ、商業施設アピレを含む1街区が完成したのが昭和61(1986)年。続いて、隣接する2区画についても再開発事業が実施され、赤羽文化センターに商業施設ビビオなどが入る2街区、イトーヨーカドーが入る3街区がともに平成7(1995)年にオープンしている。これらを総称して赤羽パルロードと名付けられている。
 アピレは新都市ライフホールディングス(株)が運営する商業施設で店舗面積約5,462㎡。今年3月にリフレッシュ・オープンし、現在50のテナントが入る。平日の午後だったが、よく客も入り、賑わっていた。食品店舗が入る地下階から無印良品が入る3階までの4フロアーが店舗となっている。また、3階からは隣接するイトーヨーカドー棟へ連絡通路でつながっている(屋根はない)。イトーヨーカドーは地下1階・地上6階建て。6階の専門店街だけを見て、立体駐車場を経て、ヌーヴェル赤羽台へ向かう。
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 UR赤羽台団地は従前3,375戸。昭和37(1962)年入居の中層住棟が55棟並ぶ大団地だった。区域の両端には赤羽台西と東の各小学校と赤羽台中学校があったが、東小学校は2005年、中学校も閉校となっている。このうち、中学校のあった区域はこの(2017年)4月に東洋大学赤羽キャンパスとしてオープンしている。ちなみに設計は隈研吾。外壁や庇に木の板材が多く使われているのが、遠目ながら見えた。機会があったら、こちらも見学に行きたい。
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 さて、赤羽台団地の中央を南北に道路が南北に走り、トンネルになっている。団地へはその脇にある急勾配の階段を上がっていく。台地上の上に出るとこれがちょうどD街区の東南の端。一番手前の11号棟の1・2階には保育園が入っている。8号棟の間を抜けるとC・B・Aと囲み型の街区が続く。建替えを待つ古い住棟を左に見つつ1街区分進み、右に折れると、左に5号棟。イチョウ通りに面して、カラフルな手すりパネルが面白い。設計は市浦+シーアンドエイ(小島一浩・赤松佳珠子)。その北の端に集会所等があり、UR管理事務所がある。
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 そこで鍵を借りて、7号棟(C街区)と8号棟(D街区)の空き室を見せてもらった。C街区は山本・堀・みのべ設計共同体の設計。住棟の所々に二層吹抜けのボイドが開けられているのが特徴的。共用テラスになっていて、周辺を一望できる。東洋大学の校舎はここから眺めた。またB街区の北側からC街区にかけてスーパーマーケットなどがあるが、これは別途URが事業者を募集して整備されたもの。
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 共用廊下から見下ろすD街区は囲み型の8・9・10号棟を挟んで南北に11号棟と12号棟が並ぶ。12号棟は4階建てで高齢者支援施設なども入る。8号棟に上がり1DKのタイプの部屋を見学した。床面積は44㎡で家賃は11万円余。東京では一般的なんだろうか。従前入居者や高齢者に対しては減額措置や家賃補助の仕組みもあって、最大半額程度の負担で入居できる方もいるそうだが、それにしても高い。それでも入居率は98%と非常に人気が高く、ほぼ満室だ。
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 エレベーターを降り、今度は従前住棟へ向かう。地区の南側にはスターハウス形式の者も含めて、まだ数棟残っている。スチールサッシの付いた部屋はさすがに古かった。続いてB街区、A街区と西に向かう。1階住戸は直接通路側に玄関があり、それぞれ植栽などで飾られている。A街区は1号棟がみのべ建築設計事務所、2号棟がA・W・A設計共同体。
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 1号棟の中をくぐり、中庭へ。中庭には自走式の立体駐車場が緑に包まれている。B街区の3・4号棟はナスカ・空間・日東設計共同体。立体駐車場を取り巻く駐輪場の上をウッドデッキが取り囲み、少し持ち上がって気持ちのいい空間。L字型の住棟が交わる部分を潜り抜ける空間に面して1階住戸の玄関がある。面白い。さらにB街区、C街区、D街区を抜けて、出発地点のトンネル上に出た。中庭を通ってくるだけで気持ちいい。玄関前で遊ぶ子供たち。また子供連れの若い家族にもよく出会った。
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 急な階段を下りて、JR赤羽駅まで歩き、喫茶店で半日を振り返る。A~D街区まで合わせて1,895戸。今後もさらに建替えを続け、計画では2,100戸程度になる予定。デザイン的にも優れ、豊かな暮らしを実現している。いい団地を見学させてもらった。郊外の建替えモデルの一つになりうる団地だ。名古屋圏でもこんな団地を見てみたい。
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横浜馬車道駅周辺の再開発(北仲通北地区・南地区)

 先日、仕事でUR都市機構の本社へ行く機会があった。せっかくなので、UR都市機構本社が入る横浜アイランドタワーを含めた北仲通南地区とその北側の南地区の再開発について見学をしてきた。
 当日はJR桜木町駅から歩いてみたが、暑い中では少し遠い。大岡川に架かる弁天橋を渡って近付いていく。仮囲いに囲まれた区域では、横浜市庁舎の建設が進められている。横浜アイランドタワーの最大の特徴は、旧横浜銀行本店別館(元第一銀行横浜支店)の白い大理石の古建築が曳家され保存されていることだろう。到着した時にはちょうど映画撮影の真っただ中で、スーツで決めた俳優が玄関先に倒れていた。現在は、ヨコハマ創造都市センターとして活用されている。
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 その後ろに聳える横浜アイランドタワーは高さ119m。27階建てでUR都市機構や鉄道建設・運輸施設整備支援機構などの政府系機関が入る。設計は槙総合計画事務所。旧横浜銀行本店別館の白い外観に合わせたと思われる、ガラスやアルミ面で構成されたスラっとした外観で、よく言えば周囲に溶け込むデザイン、悪く言えば、それほど存在感を感じさせない。
 その西側、大岡川に面した区画では、先述したように横浜市庁舎の建設が進められている。こちらは高さ155m。32階建て。囲み型のかなりボリュームのある建物になる計画で、大岡川に面して飲食・サービスゾーンも計画されているようだから、完成すればアイランドタワーの方は陰に隠れてしまうかもしれない。2020年完成予定なので、完成したらまたぜひ見学に行きたい。
 今回見学のメインは北仲通北地区。こちらは組合施行の土地区画整理事業によって街区整備が行われ、平成27年3月に完了。従前は財務省所有の横浜第2合同庁舎、UR都市機構の海岸通団地、森ビル(株)が所有する倉庫、大和地所(株)、(株)日新などが所有する駐車場用地や小規模な商業ビルなどが建っていた。区域内に区画道路を1本通して再整備。昭和33年建築の平均25㎡以下の狭小住戸による中層住棟が並んでいたUR団地は、シャルーレ海岸通として生まれ変わった。
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 シャルーレ海岸通は低層部を隣接建物の軒高に合わせて21mで分節化。レンガタイルの外壁としている。上部や共用部は最近のURらしいシャープなデザイン。今回、URの方の好意で空き室を見学させていただいたが、1Kの住戸は壁面収納が設けられている以外はシンプルなデザインで、通路に面して小さなキッチンがあるという感じ。これで家賃10万円を超すというのは高いように思うが、ほとんど空き室はないそうだ。
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 共用廊下の眼下には建設中のAPAホテルの様子が見下ろせる。地上35階建て、客室数2311室の最大級のホテルになる予定。2019年秋開業の予定だ。また、シャレール海岸通の区画道路を面して南側、国の横浜第2合同庁舎は1926年に建設された旧生糸検査所。鉄筋コンクリート4階建てだったが、1995年に外壁を残して後部に23階建ての高層棟を建設する改築が行われている。玄関正面の上部に飾られた大きなメダリオンが目を引く。モチーフは生糸検査所らしくカイコ蛾だそうだ。
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 合同庁舎の西側の区画も現在建築中。こちらは森ビルと三井不動産レジデンシャル(株)、丸紅(株)による分譲マンション「ザ・タワー横浜北仲」で、高さ約200m、地上58階建て、1,176戸。階数、戸数ともに1993年以降に横浜市内で販売された分譲マンションの中で最大ということだ。2020年春完成予定。斜めに跳ね上がった軒線や縦線と横線がクロスする外観など、デザイン性を強調した外観はランドマークタワーを意識したデザインかなと感じた。さらに西奥の区画に結婚式場がすでにオープンしている。(株)日本セレモニーが経営する「ノートルダム横浜みなとみらい」。大岡川を挟んで対岸にみなとみらい地区が一望できる絶好の立地となっている。
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 今回、UR都市機構本社を訪ねるというので、ついでに最近建替えが行われたシャレール海岸通を見学しようという程度の予定だったが、思いがけず、北仲通北地区・南地区の再開発を見学することとなった。どちらも事業自体は完了し、現在は区画内の建物が一部完成、残りの区画も鋭意建設中というところだが、みなとみらい地区の整備に伴って急速にポテンシャルが高まった感じ。数年後に来ると、全く雰囲気が変わっているのかもしれない。
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 見学後、昼食を食べに馬車道を歩いた。1904年築の旧横浜正金銀行本店「神奈川県立歴史博物館」や1922年築の旧川崎銀行横浜支店「損保ジャパン日本興和横浜馬車道ビル」、1936年築の旧東京海上火災保険ビル「馬車道大津ビル」などが並ぶ界隈を多くのビジネスマンが歩いていた。鉄道駅から近い立地と活気に横浜のポテンシャルを強く感じた。
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