町の未来をこの手でつくる

 紫波町のオガールプロジェクトについては、本書を読むまでほとんど知らなかった。筆者の猪谷氏は産経新聞記者を経て、現在はハフィントンポストの記者を務めている。前著「つながる図書館」が好評で、そのつながりとして紫波町立図書館を取材。オガールプロジェクトに出会った。したがって、建築や都市計画、まちづくり分野には基本的に素人。だからこそわかりやすいレポートとなっている。
 結局、オガールプロジェクトはなぜ成功したのだろう。公民連携事業の中心人物として関わっている岡崎正信氏の存在。前町長の藤原孝氏の力。東洋大学の清水義次氏の指導力。町役場で岡崎市とともにこの事業に本気になって取り組んだ鎌田千一氏や高橋堅氏の行動力。松永安光をはじめとするデザイン会議のメンバーの実力。キーパーソンがよくこれだけ集まった。そして、岩手県フットボールセンターの誘致決定がこのプロジェクトを大きく前へ押し出した。「オガールプロジェクト」という名称の決定といった小さなことも、このプロジェクトを成功へと導いたきっかけとなっている。
 何といっても民間サイドでこれだけ公共事業に前のめりになって参加し、ど真ん中で奮闘している岡崎氏の存在が最大の要因であることは間違いないが、同時にこの活動を通じて気付くことが多くある。例えば、「人々が共感するライフスタイル」が中心にあってこそ、継続するまちづくりが可能であること。「循環型の地域をつくる」という紫波町の理念が中心にあってこそ、プロジェクトがぶれることなく進められたことなど。公民連携という事業手法以上に、きっとそれは重要なことだと言える。
 岩手県は遠いので、見学に行くことは難しいが、このまちづくりがこうしてわかりやすい本となって紹介されたことはうれしいことだ。猪谷氏の取材力・執筆力に感謝したい。そして同様な事業を別の地域で立ち上げることは不可能だろうが、そこに流れる精神はしっかりと参考にしたい。

町の未来をこの手でつくる 紫波町オガールプロジェクト

町の未来をこの手でつくる 紫波町オガールプロジェクト

○「アメリカでも日本でも、公民連携事業をやる上で問題になるのは、・・・スピードに対する価値観・・・公民連携の失敗の大きな原因はそこにあります。それで、アメリカでは・・・行政側に代理人という組織をつくって、そこに民間側の人間を入れる。行政側が、行政的な経験がある人間をエージェントとしてそのプロジェクトに入れて、行政側の代理人として、民間と交渉しながら進めていくという公民連携事業なんです。(P34)
○制度や商業ではなく、人間がここに住んでよかった、ここだったら住みたい、ここだったら生涯を終えてもいい……と思えるような町をつくらなければいけない。道路や再開発ビル、区画整理なんてものは、あくまでも生活の一部に過ぎない。・・・ただ、具体的にそれがどういうことなのか。アメリカやヨーロッパの事例を調べていった時、人間中心という意味が納得できました。一言で言うならば、ライフスタイル。人が憧れるライフスタイルとは何か、ということでした」(P36)
○長年塩漬けにされ、空き地になっている駅前町有地にどのような未来を描けば、このプロジェクトは成功するのか。まず、プロジェクトの名前が肝要だ。あれこれ考え始めた3人に、岡崎は頭の片隅にあったアイデアを口に出してみた。/「うちの嫁が前に、『オガール』と言っていたんですよ」/「おがる」には紫波の言葉で「成長する」という意味があると説明すると、清水は、直感で「それ、いいね」と応じた。・・・オガールプロジェクト。成長していく町。まさに、紫波町が目指そうとしていた未来とリンクする名前だった。(P85)
○オガールプラザには自分たちが商売する部分について、補助金は入れていません。先に金融機関や投資家がどういう条件だったらお金を出してくれるのかチェックし、その条件をクリアするために優良テナントを見つけ、投資額も抑える。・・・銀行にしてみれば、相手が民間企業だったら当たり前の話です。民間で当たり前にやっていることをまちづくりでやったら、みんなが騒いでいるというだけの話かもしれない。でも、地方再生には、ここが本当に一番大事なところだと思っています。(P128)
○町はどうあるべきか、特効薬のようなものを期待されることがよくありますが、実際に何をしたら豊かな生活ができて、それが地域の豊かさにどうつながっていくかという話が認識されないと、その先に行かない。でも、紫波町の驚くべきところはそこで、循環型社会という、そのベースの考え方がすごくしっかりしていることだと思います」(P181)

日本語の建築

 先に「『建築』で日本を変える」を読んだ。それは伊東豊雄に対するインタビューをまとめて本にしたものだった。本書を購入してから、これも同様にインタビューをまとめたものだということに気が付いた。それで同じようなことが書かれていたらどうしようかと、少し反省した。結果的には、前著は、岐阜メディアコスモス信濃毎日松本本社などの建築作品を中心に語っているのに対して、本書はそうした部分がありつつも、伊東氏の最近の建築思想を語ったものとなっている。
 中でも、新国立競技場コンペへの思いが語られた「新国立競技場三連敗」は興味深い。東日本大震災後に建築した「みんなの家」やまちづくり提案の挫折の経験、大三島での取組などを核として、モダニズム建築や責任者不在の問題、公共建築の管理の壁など批判する。そして、「建築をつくることそのものがコミュニケーションでありコミュニティだ」と言う。そのことには私も大いに共感する。理解できる。
 これらのメインストリームの間に、東京やインドや日本語が語られる。そして本書のタイトルも第5章の「『日本語』という空間から考える」から採られているが、本書全体からすれば枝葉の部分のように思える。タイトルは内容に比してミスマッチ。でも、内容的には最近の伊東氏の考えがよくわかり、心地よい。奥さんが旅立たれ、独り身だということも知った。だから大三島に行けるのかな。最近の伊東氏には風のように自由で、日なたのような温かさに溢れている。

日本語の建築 (PHP新書)

日本語の建築 (PHP新書)

○巨大な防潮堤を成立させている「安全・安心」という壁こそが、じつは最も堅固な壁なのです。しかもこの壁は必ずしも目に見えないけれども我々の周りの至るところに立ちはだかっています。なぜなら「安全・安心」の壁は「管理」という壁と同義語だからです。・・・「安全・安心」という大義のもとで人を守ってくれるはずの壁が、人と人を隔て、人を孤独に陥れているとすれば、こんな壁は大問題で、障壁でしかありません。(P4)
○責任者とはすなわち、管理する側です。その管理者の顔が見えない。それはなぜかといえば、問題があった時に責任をとらなければならないからです。・・・私は、やはり誰かが顔を見せて「私が責任をもつから一緒にがんばりましょう」と言ってくれること、それしかないと思います。今までの経験からいっても、クライアント側に誰かそういう人が一人でもいれば、必ずいい建築ができるのです。(P51)
仮設住宅が極小の家だとすれば、「みんなの家」は極小の公共空間、公共建築の最もプリミティブな形とも考えられます。・・・いわば「みんなの家」は、モダニズム建築を超えるための一つの試みなのです。仮設住宅モダニズム建築の究極の形だとしたら・・・そこを超えていくためには、一度、最もプリミティブなところまで立ち返り、新たに建築を組み上げていくしかないと思ったのです。(P65)
○透明なチューブ状の柱・・・が建ち上がっていくにつれて、役所の方も施工会社の方も、反応が変わってきました。「今まで見たこともない、新しいものを自分たちはつくっているんだ」という、自負心にも似た気持ちを抱いてくれるようになったのです。つまり、つくることを共有できるようになりました。私はこのプロセスから、建築は、コミュニケーションの場を提供するのではなく、建築をつくることそのものがコミュニケーションであり、そこにコミュニティ空間があるのだということを考えるようになりました。(P91)
○建築とは、一言にすれば「人の集まるところをつくる」ということです。ただ、いくら・・・コミュニティを形成する空間はここだと・・・机上で考えていても人は集まりません。だからこそ、建築塾の塾生が大三島に行き、そこで実践的に、人間関係を少しずつつくろうとすることには大きな意義があります。・・・このことは・・・「つくることがコミュニケーションだ」ということを、より明確に表していると思います。プロセスにこそ、交流が生じ、コミュニティが生まれるのです。(P173)

賃貸マンションの一棟リノベーション

 先日、住友林業(株)が展開する一棟リノベーション分譲事業を見学する機会があった。住友林業では「フォレスティア」というブランド名をつけて全国展開を始めている。見学したのは愛知県長久手市の「フォレスティア藤が丘」。地下鉄東山線終点の藤が丘駅から徒歩14分、リニモのはなみずき駅からは徒歩8分。2012年に市制に移行してからも順調に人口が増え続ける長久手市の中では、好立地といえる場所にある。もとは総戸数46戸、築20年、RC造7階建ての賃貸マンションを一棟ごと買い取って、共用部をリノベーションするとともに、空き住戸が出るごとにリノベーションして分譲をしている。分譲開始から約1年10ヶ月、概ね半数の住戸は既に分譲済みで、現在は賃貸住戸と分譲住戸が混在している状況にある。
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 分譲価格は同立地・同規模の新築マンションの約8割を目安に価格設定をしているそうだが、この分譲マンションの最大の売りは、共用部を豊かな共用空間としてリノベーションしている点にある。最近では中古マンションの住戸を購入してリノベーションしたり、業者がリノベーションしたマンション住戸の分譲も増えているが、この場合、共用部分に手をつけることはほとんどない。この事業では、一棟購入した後に、まず共用部のリノベーションを行い、それから住戸の分譲を行うので、共用部が新築マンションと変わらない設備や外観となっている。
 この「フォレスティア藤が丘」の場合も、玄関をオートロックにして、宅配ボックスを設置するとともに、玄関横の自転車置き場は地域の方との待ち合わせにも利用できるアズマヤに改修。また1階の1住戸はチャノマラウンジと称して居住者が自由に利用できる共有スペースとしている。さらに住棟南側の屋外空間はフェンスを作って外部からは侵入できないようにした上で、実の生る木や花壇、ヒューム管を埋めた秘密の横穴まである、起伏に富んだ「ハグくみの庭」として整備している。また駐車場の一角にはカーシェアリングも1台ある。
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 分譲を始めるにあたっては管理組合を設置し、管理規約や修繕計画も整備した上で販売を開始している。基本は内装を終えた上での分譲だが、間取りや内装のフリーセレクト・フリープランにも対応。場合によっては、内装工事は購入者が実施するスケルトン分譲も可能としている。これまでの事業では、概ね3~4年で売り抜けることが多いが、その間、賃貸住宅の入居者には、住友林業が貸主となって基本的にはこれまでと同条件で入居が継続できるようにしている。ちなみに共用部リノベーションと合わせて、賃貸住戸も手すりやドアホンなどを設置させてもらうこともある。全戸分譲後は住友林業としては権利がなくなるが、関連会社が管理会社として関わっていくことが多い。自治会活動については入居者にまかせている。
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 事業的に最も気になるのは、どうやってこうした賃貸マンションを入手するのかという点だが、相続対策として建設したが、次第に空き家も増え、オーナーも高齢化する一方、子供たちには「相続したくない」と言われ、処分を考えている賃貸マンションがけっこうあると言う。また社宅を購入する例もある。購入物件は新耐震基準以降の建物に限っており、劣化状況の調査も第3者機関により徹底して行うと(一応)言っていた。ちなみに分譲住宅は必ず既存住宅売買瑕疵保険の加入する他、物件によっては既存住宅性能表示や適合リノベーションR1住宅の取得も行う。
 賃貸マンションや社宅の購入は入札になることもあるが、新築マンションメーカーと競えば、価格的に勝てることが多い。それよりもこうした仕組みを従前のオーナーに理解してもらうことの方が大変だったようで、いくつか先行事例を作ってようやくここ2年ほどでシステムが順調に回りだしたと言われた。ちなみに最近は同様の事業に取り組む住宅事業者等もあるが、場合によってはこうした業者相手にコンサルタント業務も行っているとのこと。
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 実際に見学させてもらうと、共用部分のリノベーションが大きなアドバンテージになっていることがわかる。たまたま3戸、リノベーションが完了して分譲中だったが、かつては同じ間取り、同じ面積だったとは思えないほど、バラエティに富んだ間取り・内装となっている。賃貸住宅時のリノベーション前の住宅も見せてもらったが、普通によくある住戸でこのままでも何の問題もない。また、既存の内装をすべて取り払ったスケルトン状態の住戸も見学させてもらった。たまたま最上階の住戸だったが、小屋裏を利用してロフトもできるかもと想像力を膨らませる。通常、来場者にはリノベーション済みの完成住戸とスケルトン住戸を見てもらうとのことだが、自由に間取りや内装を想像できるというのは、先日読んだ「ひらかれる建築」の「第三世代の民主化」を思わせる。
 既に住宅数では充足し、空き家が多く発生する中で、既存住宅を活用し、かつ入居者には新築と何ら変わらない質の住宅を提供するこの事業は、まさに時代の要請に応えた意義のある事業だと感じた。今後のさらなる展開を期待したい。
 一方、管理組合を適正に設置するとはいえ、区分所有マンションには将来的な不安も大きい。この事業で最も注目されるのは、共用部のリノベーションを行っているところだが、分譲マンションの共用部のリノベーションをいかに行うかはこれからの大きな課題となる。もちろん管理組合が適切に機能すればいいのだが、ある程度の規模の住宅事業者が経営的に取り組むことのできる仕組みを考えてみたい。この事業はそのための参考にならないだろうか。